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no.5 「ブラインド・マッサージ」(2017)

 三回ほど、血が噴き出す。あまりの唐突さに、思わず目を背ける間もない一度目と、じわじわと流れだす二度目。三度目の血は前の二回とは少し種類が違うのだが、紛れもなくそれは人間の体内を流れる鮮血だ。その赤さをみて、美しさを感じる人もいれば、おぞましく思う人、様々だろう。ひとくちに赤色といっても、あまた種類がある。血の色は、薔薇の色よりどす黒く、生焼けの牛肉の断面にそれと近いものをみるかも知れない。血潮から連想する情熱の色。しかしそれは血の赤さがどのような色なのかを知っている人にしか分からないことだ。私たちは彼らがどんなふうな表情をしていて、どういう風に身体を動かしているのかをみることができるのに、彼らはみることができない。目が見える人と見えない人、それから映画の観客と、スクリーンの向こう側の演者たち。平等なものなど何一つない状況のなか、物語は展開する。

彼らの主張は率直だ。健常者が神の存在を人間よりも上であると認めるように、盲人である彼らにとって健常者は目を持つ別の動物で、彼らよりも上に存在するのだという。とても辛い正論だ。この世界の基準は主に「見えている人」によって決められたもので、たとえば誰が美形(ここでは一般的な、「顔の造形が整っている」こととする)なのかは目の見える人々の基準で決められていることを否定する人はいないだろう。

 

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美人だと評判のドゥ・ホンと、ワンの恋人であるコンはまさにそれを象徴している。 ドゥ・ホンは健常者の間で美人だともてはやされ、健常者のいう「美」に興味を示すシャーは彼女に執着するようになる。しかし盲人たちの間でドゥ・ホンに好意を寄せるのはシャーだけで、彼以外の男性から言い寄られている様子はほとんど見当たらない。一方でワンは、この物語のなかでは最も異性に好意を抱かれている。ここで一つの疑問が湧いてくる。もし彼らが健常者と同じく「見えて」いたら、シャオマーはコンにあれほどの抑えきれない欲望を感じただろうか。男性らはドゥ・ホンの容貌を目の当たりにしても彼女に興味を示さないだろうか。次第に視力を失いつつある女性マッサージ師が盲人の恋人に言う。「私は美人なのよ。知っていた?一番はドゥ・ホンで二番目が私」。虚しい質問でもあり、まだ視力を完全に失ってはいない彼女にとっては十分に価値のある質問でもある。

終盤に近付いたころ、シャオマーが街を彷徨い始める。それはもしかすると彼の心象風景だったかもしれないし、現実の街を歩いていたのかもしれない。場所の判断もつきかねるほどカメラはぐらぐらと揺れている。あまりの不鮮明さと画面の暗さにおそらくこれは夜だろうかと思う。しかし、今そのように判断したのは昼の明るさを見た事があるからだ。もしその場の空気や、太陽の温かみ、街のざわめきを知ることができれば昼間か夜かを知ることができるかもしれないが、スクリーンの向こう側を判断するには、光が、もっとはっきりとした視界がなくては不自由だ。そんな観客をよそに、シャオマーを追うカメラはところどころ僅かな光を差しこませながらも終始薄暗く、誰のものか分からぬ心音や話し声、車の音など様々な雑音はやたら大きくなったり、反響して聞こえてくる。彼は部屋の電気を点けたり、消したりする。停電が起きる。彼らにとって最も意味のない事件だ。

本作では健常者も盲人も関係なく、人間なら誰もが抱く肉欲や執着心、面子や借金など、清いとはとうてい言い切れない側面に焦点をあてる。だが、それにもかかわらず、健常者と盲人との間には越えられない大きな隔たりがあることを自覚する。盲人は影に隠れて生きているのだという淡々としたモノローグは、卑屈であるとか、悲観しているとかそういうものとは全く違うトーンで観客の耳に訴えかける。

シャオマーと風俗店で働くマンはやがて惹かれあう。二人とも物語が好きで、互いの話すことが嘘でも真実でも構わないという。それは、映画が現実ではないのと同じよう に。目に見えるもの全てが真実ではないのと同じように。互いが同じ価値を見出したのであればそれを他人がどう言おうと、嘘であっても真実であっても「同じもの」だ。

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■原題・英題
原題:推拿 / 英題:Blind Massage

■クレジット
監督:ロウ・イエ
脚本:マー・インリー
撮影:ツォン・ジエン
原作:ビー・フェイユイ著
『ブラインド・マッサージ』(飯塚容訳/白水社刊)
編集:コン・ジンレイ、ジュー・リン
出演:ホアン・シュエン、チン・ハオ、グオ・シャオトン、メイ・ティンほか
配給・宣伝:アップリンク

■公式サイト
http://www.uplink.co.jp/blind/

■作品紹介
己の“美”に嫌気がさした女、“美”に執着する男、欲望の中で己を失う男——
盲人マッサージ院で巻き起こる人間模様を苛烈に描き、観る者の価値基準を大きく揺さぶる衝撃作。

南京のマッサージ院。ここでは多くの盲人が働いている。幼い頃に交通事故で視力を失い、「いつか回復する」と言われ続けた若手のシャオマー、結婚を夢見て見合いを繰り返す院長のシャー、客から「美人すぎる」と評判の新人ドゥ・ホン。ある日、マッサージ院にシャーを頼って同級生のワンが恋人のコンと駆け落ち同然で転がり込んできたことで、それまでの平穏な日常が一転、マッサージ院に緊張が走る——。

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