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no.7 「たかが世界の終わり」(2017)

 1989年生まれのグザヴィエ・ドランはこれまでに6本の映画を撮っている。2009年に「マイ・マザー」で監督・脚本家としてデビューした彼は、それから順調にキャリアを積み、日本でも「わたしはロランス」(2012)で一気に知名度をあげた。

 彼の作品には毎回ほぼ共通した設定がある。主人公がゲイであること、父親不在、母親と息子との関係性。コントラストの高い色味が織りなす映像とポップ・ミュージックとの相性。今回も御多分に漏れずそのような設定だった。

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 彼の作品は共感するというよりも体感するタイプのものが多い。そういう意味で本作はこれまでのなかで最も観客に挑戦的なものであるといえるだろう。まず本編が始まるとすぐに、家族の他愛もない世間話と罵り合い、重苦しい空気に耐えなければいけない。帰郷の目的を知っている観客と主人公・ルイはどうでも良い意味のない会話のやり取りを延々と聞かされることになる。ルイは言葉少なく、心情を説明してくれるナレーションもほとんどない。しかし、それにもかかわらず彼が12年間家に戻らなかった理由が、この家族のやり取りと雰囲気からなんとなく体感として察することができるのだ。この極端なほどに(見た目も)やかましく演出された「家族」とルイの間に横たわる大きな隔たりは彼の不在がもたらした取り返しようのない長い年月だ。しかしその一方で、自分自身に残された時間はその12年間よりも短く、さらにはそのことを家族に告白するまでに残された時間はデザートの準備が整うまでの30分。

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 12年間不在でろくに連絡もよこさなかった家族の急な帰郷に、迎える家族は当然ながら嬉しいと思う反面、複雑な心境だろう。互いが探り合い、どこかしら漂う不穏な空気。窮屈な空間に封じ込めていたはずのそれぞれの感情はやがて爆発する。

 感情の爆発はドラン映画の特徴の一つだ。興奮した人間は大声で自分勝手で、ときに汚い言葉で相手を傷つけようとする。しかしその激しさのなかにあるやるせなさ、やり場のなさを表現することにドランは長けていて、美しさの対極にあるはずのそういった人間の醜い恥部を美しく描ききる。

 ドランの作品はどちらかといえば内省的で作家性が強い。ともすれば好みがはっきりと別れたり批判対象にもなりがちだが、そういったことに一切迎合せず、自分のスタイルと追求すべきテーマを追い求めるエネルギッシュな存在だ。

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◼︎STORY

「もうすぐ死ぬ」と家族に告げるため、12年ぶりに帰郷する作家ルイ。母は息子の好きな料理を用意し、妹のシュザンヌは慣れないオシャレをして待っていた。浮足立つ二人と違って、素っ気なく迎える兄のアントワーヌ、彼の妻カトリーヌはルイとは初対面だ。ぎこちない会話が続き、デザートには打ち明けようと決意するルイ。だが、兄の激しい言葉を合図に、それぞれが隠していた思わぬ感情がほとばしる──。

監督 :グザヴィエ・ドラン
CAST :ギャスパー・ウリエル/ヴァンサン・カッセル/レア・セドゥ/マリオン・コティヤール
STAFF:

【脚本】グザヴィエ・ドラン

【共同提供】ピクチャーズデプト、ポニーキャニオン、WOWOW、鈍牛倶楽部

【原作】ジャン=リュック・ラガルス「まさに世界の終わり」
上映時間 99分
製作国 :カナダ・フランス合作
配給会社 :ギャガ
コピーライト: © Shayne Laverdière, Sons of Manual
公式サイト :http://gaga.ne.jp/sekainoowari-xdolan/

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